市長という生き方

「広報まいづる」5月号の「ドクターTのひとりごと」のコーナーで掲載されていた「選挙のポイント」と題した内容に疑問を感じた市民がどれくらいいらしたことだろうか?京都新聞もこの内容を是とせず記事にした。

それによると多々見市長の主張として、公約について「候補者が公約を実行するには、財源確保の問題、法令や条例との整合性、利害関係者との調整などが必要」とし、「予算編成権を持つ首長と、議会の過半数以上の議席を有する議員団とが、合意できる内容でなければならない」と述べ、少数議員団の公約の実現に対する否定的な考えや、公約を実現できる候補者選びを呼び掛ける表現について問題提起している。

そこには同志社大総合政策科学研究科の新川達郎教授(公共政策学、地方自治論)の意見を掲載し「多数決に至るまで、少数意見をどれだけ尊重できるかが民主主義の質を決める。少数意見が多数になることもある。

選挙の政策提案は、実現される前提でなければいけない―との主張は民主主義のメカニズムを否定することになる」と指摘している。

さらに5月27日の京都新聞には、同日の記者会見で、市長の意見として「少数意見を排除するとは書いておらず、識者や市職員など議会の仕組みを知っている人は、内容の間違いを指摘できないと思う」と述べ、問題がないとの認識を示した、とあった。

私はこの表現も看過できない、なぜなら識者や市職員等は市長に対してイエスマンであるかのような内容であり、「裸の王様」の童話を連想せずにはおれないばかりか、識者とはどういう人を指すのかその定義を明確にしていないこともこの発言は誤解を生むことになると思う。

さらに文字通り解釈すれば、「識者や議会の仕組みを知っている市職員等でない人は内容を間違って解釈する可能性が大いにある」ということになり、識者と市職員等ではない「一般市民にはほとんど理解できない内容だ」ということを自ら表現したことにもなりかねない、これは市長としての発言としては大失態であると考えるが如何であろうか?

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